St.Jacobs 絶対平和主義を貫く人々     

□宗教改革が活発化する16世紀のヨーロッパ。キリスト教プロテスタントから幼児洗礼に反対する「再洗礼派」(アナバプティスト)が現れ、スイスを中心にドイツ・オーストリア・オランダと広まっていきました。しかしながら、ひどい迫害と弾圧を受ける日々。彼らは新天地を求め、北米大陸へと渡っていきます。再洗礼派の中には、自分たちを守るための暴力はやむをえないと考える急進派も登場するのですが、暴力を否定する平和主義派のオランダ再洗礼派はメノ・サイモンズを指導者とする新らしいグループを作ったのです。これが「メノナイト」。このグループ名は、指導者の名からつけられたそうです。

□言葉に言い表わせないほどの迫害をうけ、傷つくことの痛みを嫌というほど経験した彼らは、いなかる不幸な出来事を繰り返してはいけないと「絶対平和主義」を貫きます。戦争が起きれば、戦争へいくくらいなら牢獄につながれているほうがよいと訴え、それでも戦場へ送られることになると、戦闘に参加する兵士ではなく、傷ついた人の世話をする衛生兵になることを強く希望しました。

□St.Jacobsで暮らすメノナイトの人々は、19世紀初頭、アメリカ・ペンシルベニアから移り住んできました。広大でゆるやかな台地と豊かな自然が、なにより気に入ったそうです。そして、彼らは田畑を耕し、馬や牛を飼い、自給自足で暮らしながら、質素な生活を守ってきました。

□そんな彼らの生活も、時代の流れとともに変化していきます。St.Jacobsのメノナイトの人々には、規律を厳しさによって30ものグループに分かれているそうです。おおまかに分ければ、教義に忠実に従い、今もなお自給自足で16世紀の質素な暮らしを守る人。教えを尊重しながら、電気やガスなどの文明を取り入れる人々。信仰し、メノナイトを名乗りながらも、服も生活も現代のスタイルになっている人。

□ストイックに暮らす人々は「オールド・オーダー」と呼ばれ、電気もない、ガスもない、車もつかわず、移動はバギー(馬車)を利用しています。子どもたちは一般の学校ではなく、メノナイトの教会が管轄する学校へ14歳まで通い、主に聖書について学び、卒業後は家の仕事を手伝いながら、農業や家畜の世話などを覚えるそうです。結婚も、おなじ階級のメノナイト同士というのが鉄則。

□やや自由なメノナイトの人々の暮らしは、かなり現代的でした。女性はワンピースにキャップ(髪は一度も切らないのだそう)、男性は白や青のシャツにつりズボンというメノナイト独特の服装を守りながら、敷地には自家発電をつけ暮らしに電気を役立てているし、農作業には耕運機も利用しています。コミュニティーの小学校に通うこともできるし、若者はアルバイトも許されています。結婚に関しては、やはり同じ階級の人とが望ましいようです。

□いちばんモダンな暮らしをするメノナイトの人々は、服装も今風。一見したところ、メノナイトとはわかりません。結婚も自由。メノナイト以外の宗教を信仰している人とも、夫婦になれます。

□階級によって、考えも暮らしぶりも異なれば、お互いもめごとが耐えないのでは・・・・・。
そんな心配はまったく無用でした。どんなライフスタイルをしてても、メノナイトは絶対平和主義者。お互いを尊重し理解するのが心情な彼らは、「自分で選んだ道は、これでよし。あの人が選んだ道は、それもよし」なのです。

□日曜日の朝。
黒の服に身をつつみ、バギーで教会へ向かうオールド・オーダーの人々の列とすれちがいました。自分たちの暮らしを好奇なまなざして見る失礼な人と、きっと思われているに違いないだろうな。そんなつもりはないけど・・・・・。ところが、メノナイトの人々は私たちの姿に気がつくと、バギー上から「モーニング」と声を笑顔でかけてくれるのです。文明の利器に頼ることなく、古くからのしきたりを守って暮らす彼らが、異国、異文化、異教徒と「異」だらけの私たちとも暖かく接してくれたことは、大変うれしく、心あたたまる体験でした。

(メノナイトから、スイスのヤーコプ・アマンが指導者になって分かれたグループがアーミッシュ。暮らしぶりはオールド・オーダー・メノナイトと同じとされています)


a0034225_4162815.jpg教会へ向かうバギーの列。見えるかな・・・・^^; 携帯で撮影したもんで。


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by viva933 | 2005-07-01 03:47 | Ontario

     毎日、旅気分!         最近はバレエに夢中!


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